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Aoyama Yuko

Author:Aoyama Yuko
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父さんのこと
小さい頃、なぜか私は男の人がすっごく怖くて、
家に男の人が来ようものなら速攻で机の下に隠れ、
〈私は透明人間でございます〉とばかりに堅く硬直して消えた振りをしていた。
それは幼稚園以前のこと。どんなトラウマなのか?
前世で余程のことがあったに違いない。
大丈夫なのは父と祖父だけだった。

その父は、私が小学校に上がってから、元々病弱だったこともあり
入退院を繰り返すようになった。
そしてとても口うるさい親父になった。私はそんな小うるさい父がとても嫌いだった。
少し大きな声を出せば言うことをきくと思ったら大間違いだよ。
それでなくても声がでかいのに。
おとなしかった私だが、自分の信念はつらぬき、だんまり作戦を決め込んだ。
私も頑だった。
そんな中でよくぞ不良にもならず、真っ直ぐな良い子に育ったものだと思う。(笑)

キライのピークは14~15歳で、返事はするもののほとんど口をきかないくらい避けてた。
だから余計に父もイライラしたことだろうなぁ~
父は私のことが可愛くて可愛くてしょうがないのだ。と、いうことは今になってわかる。
当時はどうしようもなくうっとおしくて、その頃の人生の悩みの大半を占めていたかも。

それから、私も大人になり、
子どもの頃のように口をきかないようなこともなく普通に接していた。
ある時、私に内緒で勝手に私の幸せを思い描き、
その頃の私の彼氏と話し合ったこともあったらしい。
それを随分あとで知った時はひっくり返るくらい面食らった。

クローバー

その父も、約2年前の4月に逝ってしまった。
入退院を繰り返し大きな手術もたくさんして、
お腹がいっぱいになるほどの薬を処方され、
人一倍痛い思いを経験した人だったろうと思う。
それでも最後の時、私は泣けなかった。色んな思いが交錯しつつも、
淡々と静かに人の一生の現実を見つめ、母の変わりに面倒な事務手続きをこなし、
それらが落ち着き静けさが戻って来た時には父はもういなくなっていた。


それから数ヶ月後、私は父の夢を見た。
なぜか私は父に力の限り怒鳴り怒っていた。でも父はこう言った。
『それでよかったんだよ。私にはこういう役割があったんだから。』
そこだけ妙に鮮明で、今でもはっきり覚えている。
そして、私は生まれて初めて父に会いたくて思いきり泣いた。
胸に溜まっていたわだかまりは、うそのようにすっーと消えてくれた。

話し好きで仕切りやで意外にひょうきん者だった。
幼稚園児の私に、麻雀や花札を教えてくれた。(笑)
もしも今いてくれたら、
一緒にお酒を飲んでそんな思い出話しのひとつも笑って話せるのに。
私の抱えている悲しいことや辛かったことも黙って聞いて泣いてくれるかもしれない。

親孝行したい時には親はなし、の典型を行ってしまったみたいよ。
今頃わかったのかと、半分あきれて笑いながら上から眺めてるかもしれない。
次の日曜は父の日だし、たまには思い出話でもしてみよう。かな。


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未分類 | 23:54:25 | Trackback(0) | Comments(8)
コメント
お父様、あちらでも一生懸命応援してくれてるんじゃないかな。
私も、今週は“父を思い出す週間”にしようと思います。ありがとう。
2009-06-16 火 02:59:57 | URL | シードル [編集]
思い出の父は、いつも

後ろ向き、背中ばかり

わがままばかり

お酒クセの悪い

方でした。


しかし、この思いでも10年以上前のもの

会えるだけ、声が聞けるだけ幸せかもしれませんね!


今は、生きているのかさえ分かりません、このグロブを読ませたいです。
2009-06-16 火 08:10:03 | URL | やま [編集]
父と娘、いろいろですね。
わたしはu-koさんと逆でずっと父べったりでした。
よそに家庭をつくって 私の息子と年の近い妹もふたり。
父のずるさ、情けなさひどさを目の当たりにしながらも
父と父の新しい家庭が好き。 でも母もすき。
未だいたばさみ。 いつも身が引き裂かれるような思いでいます。
そんな困った父でも 長き生きていてほしい。
2009-06-16 火 08:16:58 | URL | UNI [編集]
シードルさま
私も、あっちで応援してくれてるんじゃないかなぁ~と何となく思うんです。直接慰めることも出来ずに、私のことを不憫に思ってたかもなぁとちょと思いました。
父が生きているときは、そんなこと考えもしなかったのにね。
たまには思い出してみるのもいいかもですよね~。(^^
2009-06-16 火 10:54:17 | URL | u-ko [編集]
やまさん
コメントどうもありがとうございます。いつも日記拝見してます。
時が経って、もしも久しぶりに会えたら、自分もそれなりにいろいろなことを経験している分、お互いに優しい気持ちで接することができるかもしれませんよね。(^^
時に子どもはこんなことも思うことがあるのさ、と知らせてみたいです。
2009-06-16 火 11:04:21 | URL | u-ko [編集]
UNIさん
仲良しの父と娘は、私の憧れでもあったなぁ。
UNIさん、いろんな想いをされてたんですね。今でもいたばさみでいることは辛いですね。
でもみんな好きというところで、UNIさんの笑顔が思い浮かびます。
やっぱ長生きしてもらって、もっといろんな楽しい思い出を作って欲しいですね。
2009-06-16 火 11:13:25 | URL | u-ko [編集]
元気にいこうゼ!
u-koさんのお父さんは、僕の先輩でもあるので、稲田も心からのご冥福をお祈りします。改築工事がひと段落したら、暑気払いをかねてパーッとやりましょう。
2009-06-16 火 23:13:39 | URL | 稲田宗一郎 [編集]
稲田先生!
ありがとうございます。そうでした(^^
今頃、自由を満喫してると思います(笑)
改築工事、着々と進んでおります。
終わる頃にはビールが美味しい季節になってますね~(^_-)v

2009-06-17 水 12:58:39 | URL | u-ko [編集]
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